エッセイ

感想|『世界音痴』肩の力が抜ける自虐的エッセイ|穂村弘

今回紹介するのは穂村弘さんの『世界音痴』です。

短歌を詠む歌人である穂村さん。友人から「ダメ人間ぽさが面白いよ」と勧められた私は「歌人なんてどうせダメ具合さえも優雅なんでしょうねっ!」とやや斜に構えて読み始めました。すみません。めちゃくちゃ情けなさを曝け出してました。怠け者かつ小心者の私は共感で数ページ毎にウンウンと頷きながら読みました。

つい見栄を張りたくなる世の中だからこそ、この本で「まぁなんとかなるか」の精神を養いましょう。

思わず肩の力が抜けるエッセイです。頑張りすぎなそこのアナタ!ぜひ読みましょう。

『世界音痴』内容

『子供のときの予想では、三十六歳になれば「いろいろなことも一通り終わって」いるはずが、現実では全然そうなっていない。私はいまだに結婚しておらず、子供もおらず、海外旅行も未体験、しゃぶしゃぶだって食べたことがない』(「一億年後の誕生日」より)
夜中にベッドの中で菓子パンをむさぼり食い、ネットで昔の恋人の名前を検索し、飲み会の”自然な”席移動で緊張する。
ほんのり世界が苦手な歌人・穂村弘の見る日常を綴ったエッセイ。

『世界音痴』のポイント

世界音痴のポイントは『歌人ならではの絶妙な視点と表現』です。

劇的なことが起きるわけでもない(むしろ地味すぎる)日常を綴っているのに、穂村さんの視点を通すだけで日常が面白おかしいエピソードに溢れたものになります(本人はそうは思っていないかもですが)。

例えば「回転寿司店にて」の一文を抜粋します。

「好きな皿を取って食べながら、しばらく欲しいものが流れてこないと、つい〈上流〉の方を眺めてしまう。 〈未来〉を知ろうとして、時計回りの右手を睨んでしまうのである。なんだか飢えているようで、恥ずかしい。ああ、俺は目の前にやってくる運命を静かに待てない人間なんだなあ、などと思いつつ、目は〈時間〉の流れをどんどんさかのぼってゆく」

回転寿司で好きなものが流れるのを待っているだけなのに、なぜか運命や時間といった壮大な話に。

この屁理屈とも詭弁ともいえない独特の読み心地がクセになりついつい読み進めてしまいます。

エピソードはもちろん。ほむほむワールド全開な地の文章を読んでいるだけでもニヤニヤさせられます

その他、こんな人にオススメです。

ポイント

・頭を使わずにぼーっと読める本が好き

・笑える本を読みたい

・私コミュ障です(たぶんとても共感できるはず)

まどいお気に入り作品

50以上のエッセイが収録された本作ですが、センチメンタルだったりふざけていたりとバリエーション豊かな作品が収録されてます(でも大体情けない)

その中で私が特にお気に入りの作品を簡単に紹介します。

ジャムガリン

ジャムとマーガリンを混ぜるという禁忌に触れてしまった研究者。ジャムとマーガリンが一度に塗れてしまう、それは神が許すはずもない所業。

だが、アダムとイブの頃より人類はいつだって進化の魅力に抗えたことはないのだ。

ジャムとマーガリンを混ぜた『それ』の名は── 。というエッセイ。

何言ってるかわからないと思っただろ。俺もだ。

全席自由

指定席に安心する。逆に「全席自由」のチケットは非常に荒々しく恐ろしいものに感じる。

「飲み会の席での自由さ」も「会話の自由さ」も自由さの中に含まれた「自然なルール」を守らなくてはいけない。自由に振る舞うの難しい!というエッセイ。

「旅先での自由行動」や「とりあえず良さそうな店に入る」が苦手な私は共感の嵐でした。

旅行で行くところは決めないと動けないし、ついついチェーンに入ってしまう小心者なので。

思い出のない男

「恋人と流星群を見に行ったんだけど、二人で入る寝袋は狭いし、車は動かなくなってJAF呼ぶし大変だったよ」と語る友人。

私はそんなトラブルにあったりしない。なぜなら流星群を見に行かないから。その代わりベッドの中でチョコレートバーを咥えてもぐもぐしてると幸福になる。

大変な経験を共有することは思い出になる。チョコレートバーを食べているだけの私には思い出がない。

女の子だったら間違いなくチョコレードバーを食べてる男より、流星群を見に行って一緒にトラブる男を好きになる。

というエッセイ。共感。私もトラブルが発生しそうな場所に行くことはない。家で本読んでほくそ笑んでいる時が一番幸福。

でも女の子だったら間違いなく色々なところに連れて行ってくれる男を好きになるよね。知ってた!

発作的ベストテン

急によくわからないベストテンをハイテンションで紹介するエッセイ。

漫画部門、ミステリ部門、夢の女部門、無差別部門の四部門が紹介される。「夢の女部門」では女優からプロレスラー、さらにはデーモン(?)までランクインしている。「無差別部門」ではコンタクトケア用品やバンドの結成理由、歩き方など無差別すぎるカオスな内容になっている。

この作品、途中途中で「穂村さんは私と同じ人種みたい(共感)」と油断したら急に破天荒な部分を見せられて驚く。を何度かくらうので注意が必要。

「すごい共感!」も「なに言ってるかわからねぇ・・・」も味わうことができます。

ちなみに私は、共感:意味不明が7:3ぐらいでした。みなさんはどうでしょうか?

穂村弘に物申す

本作の中で何度も登場する言葉に「こんな男、女性だったら嫌だ」があります。

「自分が女だったら、自由席が苦手な男などいやだと思う」「自分が女の子だったらチョコレートバーをくわえてうっとりしている男は嫌だ」など、非リア男子として共感に頷いていた私ですが、次第に穂村さんの「非リアアピール」(勝手に認定)を疑うようになっていきました。

穂村先生。あなた絶対モテるでしょ。

世の中の女性ってこういう少しダメで独特の感性を持っている男に「しょうがないわね」とか言って付き添ってあげるのが好きなのでは?私だけがこの人の良さわかってるのよ、的な感情生まれてしまうのでは?実際あなたの作品、女性ファンとても多いじゃないですか。

初見ではダメ男エピソードに思えた「布団の中で菓子パン食べる」も実は世の女性の反応って「うわ・・・ひくわー」じゃなくて「可愛い」なんじゃない?私にはそんな破天荒な真似はできないよ。女性は食べかすが落ちないように気をつけながら菓子パンを食べる男より、布団の中で菓子パンを食べるような男に惹かれるんじゃないだろうか。

なんて僻みながら読み進めるも、やっぱりすぐにダメっぷりに共感させられるのでありました。ぐぬぬ。

(ちなみに下記で紹介している『もしもし運命の人ですか。』を読んでこの思いはより強くなりました)

まとめ

今回は穂村弘さんの『世界音痴』を紹介いたしました。

その独特な感性と絶妙なダメ人間エピソードについつい共感しながらクスリと笑える一冊です。

頭を使わずに読める本を探している方や、生きづらさを感じている人は癒されると思うのでぜひ読んでみてください!

この作品が好きな人へのオススメ本

最後にまどい的『世界音痴』が好きな人が好きそうな本を紹介します。どちらも面白い作品なのでぜひ読んでみてください。

神様たちの遊ぶ庭 宮下奈都

「鋼と羊の森」の著者・宮下奈都さんのエッセイ。スーパーまで37キロという北海道のトラウムシでの一年間を綴っています。

壮大な大自然の中で暮らす人々との交流や経験に温かい気持ちになり、何気ない日常の一コマにクスリとさせられます。三人のお子さん達がいい味を出しています。

『もしもし運命の人ですか』 穂村弘

穂村弘さんの恋愛エッセイ集。タイトルからしてぽさがありますよね。「運命の人」なのかと自信なく訊ねているこのアンバランスさ。

しかし、この作品を読むとより「穂村弘モテるな」の確信が強くなります。

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