ミステリ

感想|『孤島の鬼』江戸川乱歩が描く同性愛ミステリー

今回紹介するのは江戸川乱歩の『孤島の鬼』です。

江戸川乱歩といえば『少年探偵団シリーズ』をはじめとした「子供向け乱歩」。『陰獣』や『パノラマ島奇譚』などの「大人向け乱歩」、と作品の振れ幅が大きい作家です。

今回の作品がどちらかといえば・・・圧倒的な「大人向け乱歩」

なにせテーマが「同性愛ミステリー」。孤島を舞台に業に満ちた二人の男の物語が繰り広げられます。

同性だからこその純粋ゆえに歪んだ愛・・・みんな好きですよね!

孤島の鬼のあらすじ

“アア、君は今になっても、僕を愛してくれることは出来ないのか

主人公の箕浦(みのうら)は同じ職場で働く初代(はつよ)に惹かれ婚約を決意するが、その直後初代は何者かに殺されてしまう。
箕浦はかつて自分に恋をしていた同性愛者の諸戸(もろど)が嫉妬心から初代を殺したのではないかと疑い、探偵である深山木に事件の調査を依頼するが・・・。
やがて事件は彼らを孤島へと誘う。孤島の鬼とはいったい何者なのか。

『孤島の鬼」のポイント

最初に言っておきます。孤島の鬼における私の推しキャラは諸戸です! 一途すぎて時に歪んでしまう恋慕の情がひしひしと伝わってきます。

孤島の鬼はもはや「諸戸の愛の物語」といっても過言ではないと思っています。同性である箕浦をどうしようもなく愛してしまった苦悩と純粋さ。その愛がどんな結末を迎えるのか・・・。物語最後の一文に諸戸という男の全てが詰まっています。ぜひ読んで確認してください。

その他、こんな要素が好きな方にオススメです。

ポイント

・江戸川乱歩の長編ミステリー

・グロテクスと耽美が混じり合う世界観

・孤島が舞台の冒険サスペンス

ラストの一文で「諸戸、お前・・・」となること請け合い

箕浦・諸戸 それぞれの愛への執着

作中では箕浦・諸戸両名が持つ「愛への執着」の違いが明確に表現されています。

同性を愛する諸戸の愛への執着は分かりやすく「箕浦への執着」です。他の誰でもない箕浦に愛されることに強く焦がれています。

一方、箕浦が持つ愛への執着は「愛されることへの執着」です。

箕浦は婚約者である初代殺しの犯人を探す手伝いを友人である深山木に依頼しますが、この深山木も箕浦に少なからず惹かれている様子。

そして箕浦も自分が男性から好かれやすいと分かった上で相手に甘えるような頼り方をします。この男タチが悪い笑

諸戸に関しても、箕浦は相手の愛に応えるつもりもないのに突き放すこともしません。

箕浦は誰かから愛されている、ということに強い打算と執着を持っているようです。

箕浦・・・魔性の男

ミステリとしての孤島の鬼

孤島の鬼が発表されたのは1929年。90年近く昔の作品です。

物語は「婚約者の初代がどうやって殺されたのか?」「なぜ殺されたのか?」という謎を中心に進行していきます。次第に明らかになっていく犯人の動機や登場人物達が持つ背景。物語が進むにつれてどんどん引き込まれてきます。

また殺害方法も「密室殺人」「衆人環視下での殺人」などミステリ好きならワクワクさせられる設定です。ただ、古い作品ということもありトリックはシンプルな印象です。

あっと驚くようなトリックを求めている人には向かないかもしれません。

醜いからこそ引き込まれる描写

江戸川乱歩といえば、グロテクスなシチュエーションや狂気じみた心理描写。今作でもその良さが存分に発揮されています。

孤島に生きる異形の存在など、ビジュアル面でのインパクトももちろんですが、孤島の鬼で特筆すべきは心理描写。登場人物が持つ執着や嫉妬の感情が取り繕われることなくねっとりと描写されています。

登場人物の心理は細かな動きでも表現されており、「諸戸が箕浦の手をぎこちなく握る」シーンでは諸戸の内心の怯えや期待が伝わってきます。

また紳士然とした諸戸だからこそ、物語終盤で箕浦への執着が爆発するシーンは悍ましさを通り越して純粋な美しささえ感じられます。

乱歩は趣味で男色文献研究をしており、初恋の相手が同性だったという話もあります。恐ろしいほどのリアリティを感じる心理描写はこの研究や経験からきているのかもしれません。

まとめ

今回は江戸川乱歩の『孤島の鬼』の感想を書きました。

同性愛をテーマとしたミステリということもあり、とにかく登場人物の感情の重さが凄い!

同性である箕浦への報われない片想いや家族の業を背負う諸戸の激重感情に注目しがちですが、箕浦の魔性の男っぷりもなかなかのもの。

江戸川乱歩のグロテクスで耽美な世界観も十二分に発揮されています。

孤島の鬼の正体。事件の真相。そして二人が迎える結末はぜひ読んで確かめてください。

なんと海王社文庫から宮野真守さんの名場面朗読CD付きも出版されているようです。

孤島の鬼はとにかく感情を拗らせてるシーンが多いので宮野さんファンの方にはたまらないシーンも多々あるのではないでしょうか。

(孤島でのあのシーンとか、絶対やばいよな・・・)

キャスティングが完全に理解(わか)ってやがる

この作品が好きな人へのオススメ

最後にまどい的「孤島の鬼が好きな人が好きそうな本」を紹介します。どちら作品も面白いのでぜひ読んでみてください。

『マラケシュ心中』 中山可穂

”愛は、極めねばなりません。極めたら死なねばなりません”

歌人・小川絢彦が愛したのは恩師の妻・泉だった。女と女の極限の愛。狂おしいまでの愛の旅の行方は・・・。

孤島の鬼にも通じる、自分ではどうしようもない愛の苦しみや喜び、嫉妬の感情が克明に描写されています。

『パノラマ島綺譚』 江戸川乱歩

貧しい小説家の人見は自分と同じ顔をした大金持ちになりすまし、その財産で孤島に巨大なパノラマ島を作り始めるのだった。

江戸川乱歩の長編の中でも特に描写に力が入っている作品です。まるで乱歩の頭の中を覗いてるかのような、パノラマ島の狂気で耽美な世界観に酔うこと間違いなし。

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