ミステリ

感想|『黒牢城』戦国×ミステリーの完全融合

今回紹介するのは米澤穂信さんの『黒牢城』

直木賞、山田風太郎賞や「このミステリーがすごい!」大賞など数々の賞を受賞しており、米澤先生の作品を追ってきたファンからしても「集大成」という言葉が相応しいと思える一冊になっています。

包囲された城内で起きる四つの事件。その裏で膨らむぞれぞれの思惑。

後半につれて加速していく戦況と事件の真相に思わず一気読みしてしまいました。

日常の謎。社会派ミステリー。特殊設定ミステリー。連続短編。今までの米澤作品が凝縮されたような一冊です!

あらすじ

“実相を解き明かすこと、それがしには、いと易う覚えまする”

織田信長に反旗を翻し有岡城に立て篭もった荒木村重。村重を説得しようと織田方から黒田官兵衛が遣わされるが説得に失敗し牢に幽閉されてしまう。織田軍と交戦中の有岡城内で次々起こる事件と謎。人心の動揺による城の崩壊を防ぐため村重は幽閉した智将・黒田官兵衛に謎解きを求める。
事件の真相、戰の行方、戦国に生きる人々の想い。全てのピースが結末に向けて収束する。

『黒牢城』のポイント

黒牢城のポイントは「戦国物とミステリの完全な融合」です。ミステリーとしても歴史小説としても完成度の高い作品ですが、それぞれが“おまけ”ではなく「この状況だからこそ!」の事件や動機になっています。だからと言って歴史を知っている人しか楽しめない、という作品ではありません。私は歴史に疎く、戦いの結末や登場人物のことをほとんど知らない状態で読みましたが問題なく楽しむことができました。むしろ歴史上の結末を知らないので「この先どうなるんだろう?」「この人死なないよな・・・」とより緊張感を味わえたかと思います。

村重は敵将である黒田官兵衛にいくつもの謎解きを迫ります。城主である村重が捕らえた敵に助力を求めるのは、謎の解明が戦の趨勢に大きな影響を与えると考えているからです。不審な事件によって不穏になっていく城内の雰囲気。村重は謎を解き明かすことでその状況を脱しようと知恵を巡らせます。

今作における「謎解き」はまさに「戦いの一部」だと言えます。

その他、こんな要素が好きな人にオススメです

ポイント

・意外性のある犯行動機

・闇堕ち気味な男(黒田官兵衛)

・魅力的なキャラクターによる群像劇

ちなみに章タイトルがめちゃくちゃカッコいいのです。

私は最初に目次見ただけで「この本大好き!」となったのでぜひ確認してください

魅力的な登場人物

黒牢城には多くのキャラクターが登場します。籠城下で生き、戦う人々の群像劇としてもリアリティのある戦国時代の空気感を感じることができます。そんな本作で個人的にお気にいりのキャラクターを紹介したいと思います。

※あくまで黒牢城作中のキャラクターイメージです。史実とは異なると思いますのであしからず。

荒木村重

本作の主人公。織田信長に謀反を起こす。戦略も武術も茶人としても一流。黒田官兵衛が探偵役とはなっているが、村重さんもかなりの切れ者で、人を動かすのと情報をまとめるのがうまいので語り部として読者のストレスが少ない。最後の決断に至るまでの葛藤がとても良い。

黒田官兵衛

本作の探偵役。現場を見ずに事件の真相を看破するいわゆる「安楽椅子探偵」なのだが、土牢在住なので全く安楽ではない。むしろ物語後半では結構ひどいことになっている。智将キャラとして登場したが、闇堕ちしてダークで不気味な雰囲気を纏っていくので好きな人は凄い好きそうなキャラクター。私は好き。

郡十右衛門

村重の配下御前衆の組頭(リーダー)。村重に最も重宝されている。十右衛門はミステリーでいうところの「警察役」になるかと。事件にまつわる情報収集を依頼すればすぐに揃えてくれるし、頼んだことは大抵不足なくこなしてくれる。黒牢城部下にほしいキャラNo. 1

乾助三郎

御前衆の一人。大柄で肥満。村重いわく「気が利かず、何事も遅く、勘が鈍い」とひどい言われようだが「忠実な信のおける男」とも言われている。一章で村重に「武士たるもの相手の持ち物に気を配れ」と怒られていたが、三章では怒られた所を頑張って改善して偉い。黒牢城部下にいたら可愛がってしまいそうなキャラNo. 1

千代保

村重の妻。千代保と話す時だけは常に気を張っている村重の雰囲気が柔らかくなるように感じるので好きなシーンが多い。特に終盤での村重との会話には胸を打たれるものがある。

米澤穂信の真骨頂は「動機」にあり

ミステリーの楽しみの一つが「犯行動機」。人を殺す(または事件を起こす)には必ず何らかの強い感情=動機が存在しています。米澤作品の一番の強みはこの「動機の意外性と納得感」にあると思ってます。

「氷菓」や「小市民シリーズ」をはじめとした日常の謎や「儚い羊達の祝宴」や「満願」などの短編集を読むとよく分かりますが、米澤先生は犯行を犯す人間の心情に焦点を当てて「意外なのに納得できる動機」を作り上げてます。

例えば二章の「花影手柄」では「敵将の首を挙げたのは誰か?」という殺人事件ではない謎がテーマになってます。この章は「どんな謎に取り組むか」から設定するところが日常の謎に近いように感じました。戦国時代だからこその謎。まさに米澤先生だからこそ生み出せるものだと思います。

また物語の終盤では全ての動機が繋がっていきます。事件を起こす犯人はなぜ包囲された城内で犯行を決意したのか。

荒木村重は何を思い戦うのか。黒田官兵衛が敵である村重に知恵を貸すのはなぜなのか。

黒牢城がエンタメとして優れている要因の一つに間違いなく米澤先生の動機の使い方の巧みさがあると思います。

サラリーマンが感じた「城という組織」

本作は戦国時代の物語ですが、村重の焦りや人々の心情に親近感を覚えることが多々ありました。特に後半にいくにつれて増していくのですが、その原因は「城と会社を重ね合わせているから」だと気が付きました。

家臣が指示を聞かなくなる。準備や身なりが雑になる。諍いが起きやすくなる。これ、よく考えれば会社が落ちぶれていく時でも同じじゃないでしょうか。また「同じレベルで考え、相談できる相手がいない」と黒田官兵衛が指摘するこの状況もなんか偉い人あるあるっぽいですよね(私はまだ感じたことないですが)

現代を生きる私たちは戦や武士社会を体験したことはありませんが、それでも現場の空気感や登場人物に共感できるのは黒牢城の世界がリアルな組織を描いているからかもしれません。

まとめ

今回は米澤穂信先生の『黒牢城』を紹介しました。

多くの賞を受賞したのも納得の傑作です。歴史小説とミステリーを見事に融合させ、事件の確信となる動機に関しても今までの作品に全く劣らない「意外かつ納得させられる」ものに仕上がっています。

未読の方はぜひ読んでみてください!

この作品が好きな人へのオススメ

最後にまどい的「黒牢城が好きな人が好きそうな本」を紹介します。どちらも面白い小説なのでぜひ読んでみてください。

『宇喜多の捨て嫁』 木下昌輝

戦国の過酷な時代をのし上がった宇喜多直家を様々な角度から描いた短編集。あまりに非情に思われる宇喜多直家と、その彼を取り囲む人々の情念。読み進めていくにつれて宇喜多直家という男の業と真実の姿が浮かび上がってきます。

『折れた竜骨』 米澤穂信

“剣と魔法の世界で推理の力は通用するのか” をテーマに書かれたファンタジー×ミステリー作品。米澤先生自身が「黒牢城と折れた竜骨は同じ根から生まれた兄弟作です」とインタビューで答えている通り、二つのジャンルを見事に融合させた傑作ミステリーです。

-ミステリ