本の感想 短編集

感想|『カモフラージュ』松井玲奈

今回読んだのは松井玲奈さんの『カモフラージュ』です。

松井玲奈さんは元アイドルで現在は女優やタレントとして活躍中とのこと。

実は「松井玲奈さん。名前は知ってる・・・なんか48やってた」ぐらいの知識しかなかったのですが、最近ハマったアニメ「IDOLiSH7(アイドリッシュセブン)」の強火オタクということを知りYouTubeを見てみたら予想以上のオタクっぷり。

元アイドルでありオタクでもある松井さんの書く小説はどんなものなのか興味が湧き読んでみました。

余談ですがアイナナにおける私の推しキャラは八乙女楽です

『カモフラージュ』のポイント

まず最初に伝えておかなくてはいけないことがあります。

松井玲奈さん凄すぎるぜ。。。

「アイドルが書いた小説なのに面白い」ではなく「作家松井玲奈の小説めっちゃ面白い」なんですよ!

日常を描くタイプの小説は自分の経験が投影されることが多いと思いますが、この作品は良い意味で「アイドル」を全く感じさせません。一作目のハンドメイドを読み終わった時点で「アイドルが書いた小説」を読んでいるという前提が消え去ります。

多彩な作風。テーマとその表現の巧みさ。世界を切り取る独特の感性。など、読み進めていく毎に作家松井玲奈の魅力に唸らされます。個人的には綾瀬まるさんや小川洋子さんの作品を始めて読んだ時と同じようなインパクトがありました。

こんな方は是非一度読んでみてください!

ポイント

・女性作家の短編が好き

・心理描写が上手い&独特な感性の作家が好き

・松井玲奈さん気になりだしたぞ

収録作品紹介

『カモフラージュ』は7つの作品が収録された短編集です。

単行本では6作品だったようですが、文庫化の際に書き下ろしの『オレンジの片割れ』が追加されています。このオレンジの片割れ、めっちゃいいのでこれから購入される方は文庫での購入をおすすめします。

以下収録作を紹介していきたいと思います!

ハンドメイド
主人公のあきこは好きな人のために作ったお弁当を鞄に入れる。あの人が美味しそうに食べてくれる姿を想像しながら。しかし、そのお弁当を一緒に食べるのはいつも夜のホテルの一室で──

「元アイドルの書いた小説」というイメージで読み始めたら初っ端からボディーブローを食らった気分。不倫というありきたりになりがちなテーマを「手作りのお弁当を夜のホテルで一緒に食べる」といったシチュエーションや「ビー玉が降ってくる」といった心情描写で読ませてくるのが上手い。この1作目で「アイドルだから出版してもらった」小説ではないことが分かる。

ジャム
仕事から帰ってきたお父さんの背中には全裸で真っ白なお父さんが三人並んでいる。小学生の僕が暮らす世界ではストレスを感じると、口からもう一人の自分が吐き出される。僕らは吐き出された自分を処理しなくてはいけない。

日常を書いた一作目からは予想もできないホラー・グロ要素のある作品。とはいえ単純なエンタメではなく現代人の抱えるストレスや大人になるということを独特の感性で表現している。

非日常的な世界なのに「もう一人の自分を吐き出す(物理)」行為のシーンを読んでいるとどことなく経験したことがあるような息苦しさを感じる。

いとうちゃん
愛らしいもの好きが高じて秋葉原のメイド喫茶で働くため上京した「いとうちゃん」。しかし、ストレスや不安から食事量が増えてしまう。太っていく自分へのコンプレックスは日に日に強まっていき──。

「ジャム」で非日常に送り込んだ読者を現実に引き戻すように、どこにでもいる等身大の少女を描いた作品。憧れとのギャップ。コンプレックス。周囲に感じる劣等感。誰しも覚えのある悩みがテーマになっているものの、どこかコミカルで読了後はほっとできる。ヘヴィな作品が多い中で清涼剤となるこの作品を中盤に配置してるのは上手いなぁと感じた。

完熟
田舎の夏。少年の僕が出会ったのは、水辺で一心不乱に桃にかぶりつく女性。その光景は大人になり、結婚した今でも強烈に記憶の中に残り──。

まどい的一番のお気に入り作品。はたから見ると完全に「気持ち悪い」と思えるような強烈なフェティシズムがテーマ。夫は自分のフェティシズムを密かに妻に求め、妻は薄々気づきながらも受け入れている。テーマからドロッとした読み味になりそうなものだが穏やかな日常のワンシーンを切り取っているように感じられるのなんだこれ松井玲奈すごい。静かで動きが無い作品なのに表現の巧みさでグイグイ読ませてくるのなんだこれ松井玲奈すごい。となる。

たった一度の他の人にとっては些細な出会いで人生を変えられるっていうのはオタクの好きなシチュだよね!

リアルタイムインテンション
三人組の動画配信グループが生放送で「食べると本音を話してしまう鍋」を食べることに。最初は信じていなかった三人だが、次第にそれぞれが抱える秘密が漏れ出していき・・・。

『完熟』で表現の巧みさを見せつけられた読者の裏をかくように、テンポのいい会話劇が主体の作品に。動画配信者という今風なテーマと特徴的なキャラクターでサクサク読めてしまうが、最後の一文でしっかり締めてくるのがさすが。それにしても松井さん、引き出しが多すぎるぜ・・・。

拭っても、拭っても
消毒はこまめに。身の回りは綺麗に。潔癖とも思える自分の習慣。それは自分がもともと持っていたものではなく彼氏のために行っていたこと。だけど、振られた今もその習慣は拭えずにいて・・・。

「あるべき自分と現実の自分のギャップ。それをどう飲み込んでいくのか」という本書の全体に共通する(ように私が感じた)テーマを一番分かりやすく表現しているのがこの作品。『ジャム』では日常に異常を混ぜるバランス感覚を見せつけられたが、こちらの作品では飲み会や会社のシーンなど「日常をより共感できる日常として書く」巧みさが感じられた。

オレンジの片割れ
私は体の中からくたびれた半分のオレンジを取り出す。この世界にはこれがぴたりとあう運命の相手がいる。子供の頃に生まれた私のオレンジはいまだにその相手を見つけられずにいる。

文庫化にあたり追加された作品。ここまでの6作を読んでくると「これは松井玲奈さんの作風だ」と明確にわかるように。くたびれたOLの日常に「体の中に半分のオレンジがある」というファンタジー要素を重ね合わせた作品。これは最後のシーンがとてもクールで格好いいので、単行本で読んだ人もぜひ文庫を買って読んでほしい作品。

カモフラージュというタイトル

読み終わった後に改めて『カモフラージュ』というタイトルを振り返ると、これ以上のタイトルはないと思わされます。

毛色は違えど、どの作品の登場人物も自分の感情をカモフラージュしながら生きています。カモフラージュする理由はコンプレックスや劣等感からなのですが、本書の作品の共通点は登場人物たちがマイナスの感情を克服するのではなく受容することで前に進んでいくこと。

カモフラージュ(隠す)していることを「乗り越える」のではなく「受容」をテーマに書くというのは難しそうですが、作風もバラバラな7作なのに芯の部分は全くブラさないのが驚異的ですね。この一冊を読むだけでしっかり「作家松井玲奈の作風」を印象付けてきます。

改めてこれがデビュー作とは思えないクオリティ

まとめ

今回は松井玲奈さんの『カモフラージュ』を読みました。

元アイドルが書いた、という前提がすぐに吹き飛ぶほどの面白さでした。

作風の広さ、心情描写やテーマ設定の巧みさなど一冊で大いに楽しめる短編集となっているので是非読んでみてください。

2作目の「累々」も即ポチしました。タイトルの意味も含めて今から読むのが楽しみでなりません。

この作品が好きな人へのオススメ

最後にカモフラージュが好きだった人へのオススメ作品を2作紹介します。

どちらも短編集で日常と非日常が重なる独特の表現が魅力的な作品なのでぜひ読んでみてください!

くちなし 綾瀬まる
薬指の標本 小川洋子

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